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The Juilliard School #1
ジュリアード音楽院について徒然とよもやま話。誰の為の話でもないけれど。


ジュリアード音楽院は有名ですが、内部については余り知られていません。伝説のように伝えられる噂だけが一人歩きをし、さらに近寄り難いイメージを作っているようにも見えます。確かにWeb上でも、日米共にお堅いページ以外は見受けられません。ジュリアード音楽院についてあれこれ思い付くままよもやま話です。
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ジュリアード音楽院とは?

ジュリアード音楽院とは、ニューヨークのリンカーンセンターにある芸術大学です。大学と言っても規模としてはかなり小さな学校と言えます。建物は5階建で、84の練習室、35のレッスン室、教室しかありません。学院はさほど大きくないビル一つだけですので、日本の大学に比べるとかなり小さい大学と言えます。

この学校には音楽以外にもバレエ部門とダンス部門もあるのですが、音楽学科の生徒が85%を占めていることより、日本では「ジュリアード音楽院」と通常呼ばれています。アメリカ人でも「Juilliard Music School」と言う人もいます。

正式名称は「The Juilliard School」です。英語に詳しい方なら「あれっ?」と妙な語感に戸惑うかもしれません。普通、固有名詞で始まる学校には、定冠詞の「The」を付けないのが英語のルールです。反対に、School やCollege、University で始まり、of の入っている学校には定冠詞の「The」を付けないといけません。例えば「The University of California」とは言いますが、「The New York University」とは言いません。

しかしジュリアード音楽院には定冠詞の「The」が付けられています。Theを付けた理由は解りませんが、多分 One of them の学校ではなく、One and Only の学校だと言う「意気込み?」が固有名詞で学校が特定できているにもかかわらず、さらに唯一の「The」を付け加えたのだと思っています。ここからもこの学校のプライドの高さが、良い意味でも悪い意味でもよく解ると思います。

リンカーンセンター内の他の建物が豪華で独特のデザインに対して、ジュリアード音楽院の建物はコンクリート打ちっぱなしのモダンな建築物で、若干あの建物だけがういているように思えます。ある人は石棺のようだとも言います。

確かにあの建物の中は窓のある部屋が少なく、外で何が起っているのかは伝わってきません。今の天気が雨なのか、晴れなのか、今は昼なのか、夜なのか。あの建物にいると時間軸が麻痺して、外部との接触を閉ざされているように感じます。事実、アメリカがイラクを巡航ミサイルで再攻撃したのを私が知ったのは、半日後、あのビルを出た時に知りました。あの閉ざされた建物の住人に必要なことは、少しでも他人より長く練習、勉強をして、あの「石棺」から早く脱出して世界にはばたくことなのかもしれません。

この学校にはヨーロッパやアジアなど50カ国以上の世界中から学生が集まります。そしてここで学んだ生徒達は世界中のオーケストラメンバーやソリストとして、世界に散っていきます。英語を母国語としない人も、音楽と言う言葉を通じて、共に学び、譜面や音を作っていきます。見ていると最もアメリカらしい場所であるような気がします。

とまぁ堅い話はこれぐらいにして、あの建物の内部について「内部から見てみたジュリアード音楽院」巷間の省察です。



ジュリアードって?

図書館のソファーでみんなが昼間から所狭しと寝ている所。


1階セキュリティーゲートからは、ジュリアードの写真付きIDカード(モトローラ社製)が無いとゲートより中には入れません。しかも一般に出入りできるゲートはこの正面入り口のゲートしかありませんので、部外者は入れずセキュリティは厳重です。このゲートには回転式のターンバーがあり、ゲート脇にあるIDチェックの機械にIDカードをかざして「ぴっ」と言う音と共に、赤信号を青にさせないとターンバーが回転せず入れないなり。

一応セキュリティは厳重なのですが、それでもたまにエレベーター脇に「Reward $1000! No questions asked. Lost black box including a flute and accessaries. Please call 212-XXX-XXXX (私の楽器を$1000で買い取ります。盗んだ人の名前も理由も問いません。大切なものだから返して!)」と言うちらしが貼られていたりします。楽器の盗難や置き引きは頻繁に発生しているようです。

大まかには地下5階(A,B,C,D,S)と1階には、4つのホールとBook Store、Costume Shopなどがあり、2階がオフィス関連、3階がダンスやオケリハ室、スタジオ、ホール、4階にPfレッスン室、教室、5階には図書館、教室があります。隣接するビル(Samuel B.& David Rose Building)にカフェテリアと寮があり、カフェテリアは一般の人でも使用できます。生徒数が少ないせいか、思ったよりかは教室が少なく感じます。


やたら権威があり敷居の高いイメージが強いのですが、意外と自由な雰囲気にも驚かされます。多くの生徒はカジュアルな格好で、教授を前に大きな態度の生徒もいればかなり怪しげな生徒もいます。もちろん教授達も若い人からユニークな人までいます。ただいくらかの生徒や教授は自分が一番と思っていたりするので(確かにジュリアードに来る前の大学では一番だった生徒や教授が多いですが)人間関係は少し難しかったり。ある教授曰く「確かにジュリアードには悪が存在している」。

またジュリアード予備校と呼ばれている Precollege Division(子供にクラシックを学ぶ機会を提供)などは一般の人が持つジュリアード音楽院の「たいそー」なイメージとは全然重ならない。特に土曜日曜のプリカレッジの子供達とのピアノのレッスン室の取り合いを見ていると微笑ましくも感じてしまいます。開放的な募集の中に閉鎖的な世界が存在すると言うか、不思議な学校なのですぅ。


異常に初見に強い人(ロボットのようでもある)がいて、どんな難しい曲を書いていっても2回目の演奏では感情を入れて完全に弾きこなしてくれます。瞬間的な記憶力と記譜の読解能力は人間技ではありません。40年以上ジュリアードに勤めている作曲教授が「His ability is unbelievable.」と言うほど、彼の初見演奏は完全です。ちなみにこの場合の難しい曲と言うのは変則拍子(最初の小節は8分の6プラス5で、次の小節は4分の5、その後も不規則な複合拍子)、Tempo ca150、奇数連(最小単位16分音符)に奇数割のポリリズム、無調に多調、不協和音にクラスター、セリー、不確定性と何でもあり。しかも奏法指示も細かく指定したものを書いていった。

どうも不可能な運指とテンポ以外、バランス良く書かれた譜面(これが重要)さえ持っていけばほとんどは弾けるようである。私の英語を理解するよりいとも簡単に弾いてしまう。最初は初見で弾けそうな曲を持って行っていたが、最近は挑戦するかの如く奇々難解な作品を持って行くようになってしまった。書く私も意地悪だが弾く方も弾く方だ。さすがFrank Zappa、Milton Babbittの国。


学生の連絡事項には5階の学生用の私書箱(Mailbox)が使われます。この私書箱は849箱しかない所を見ると、学生許容数は最大850名のようです。ちなみに99年の総学生は800名程度。意味の無い連絡事項が全生徒に配られると、私書箱横のごみ箱はその連絡事項の紙でいっぱいになります。


ジュリアードの大きなエレベーターはよく停まり、よく故障します。メインとして使われているのが3台あるのですが、大体1台は調子悪いような・・・。エレベーター内は風格ある(?)木のパネルが貼っていたりするのですが、かなり大きく重たそうでいかにもアメリカ製で、よく停まったり、変な階で降りないといけない羽目に遭います。1999年1月にも前大統領夫人とシークレットサービス、作曲教授が閉じ込められました。シークレットサービスが「すわ一大事」と大騒ぎを尻目に、その教授は「いつもの故障で、単に4階と5階の間で停まっているだけだ」。




ジュリアードの教室

各教室は重〜い扉で防音になっているのですが、やはり少し音は洩れてきます。あの重たい扉は閉める瞬間、強烈な気圧の変化があり耳に相当悪そうです。さておき、音が洩れるので隣の教室で弾かれている曲が気になる人は多いようです。負けまい、ともっと難しい曲を弾いたりするのは、日本の大学と似ているのかも。

隣の練習に触発されて、たまにおふざけで私はモードのジャズで対抗したりする。すると相手はうなり声、おたけび(+スクリャービン)で対抗してきたりします。ついつい聴いてしまったじゃないか。部屋を出た瞬間、ちらっとお隣のスクリャービンの部屋を見ると電気を消して真っ暗な状態で弾いていた。なるほど唸りますよねぇ。ちなみに真っ暗な部屋で楽器を弾くと、自分の音にかなり集中できる事が可能になります。一度試してみると「吉」かも。

各教室にはスタインウェイが1台か2台、壁の棚にはオーディオ装置があったりするのですが、オーディオ機器の多くは古いため音は良くない。ピアノはニューヨーク・スタインウェイにありがちな「アタリハズレ」が大きい。多くの生徒は各教室に2台あるピアノのどちらが調子が良いかを知っています。

またアメリカの教室らしく、典型的な机付のいす(肘置きの部分が机になっているいす)があるが体の大きい人はかなり窮屈。98年9月からこのいすを順次新しい黒い椅子に取り替えており、座り心地は少し良くなったが未だにこのアメリカンスタイルのいすには馴れない。ちなみにアメリカ人達はいすの裏(座る部分の裏)に噛んでいたガムをぺたりと貼り付けます。いすを引こうと思い、椅子に手をかけると他人の噛んでいたガムがあって気持ち悪い。

各教室に鍵付きの大きな棚が壁に埋められてますが、あの棚の観音開きの戸は片方だけ開けようとすると鍵で開きませんが、両手で両方の取っ手を持って、エイヤっと一気に引くと開きます。そうやって開けた戸を閉めるのには少々コツが要りますが閉めれます。こんな事をしてはいけませんですぅ。

廊下から教室まで全てじゅうたんが敷かれており、乾燥のひどいNew Yorkでは触るもの全てが静電気で「ぱちぱちっ」と音をたてます。98年夏に各部屋のじゅうたんを全部入れ替えてきれいになったと思ったのもつかの間、さすが何も気にしないNew Yorker、2ヶ月後にはすっかり汚れまくっています。出来ればじゅうたんを替える前に全てのPfのメンテナンスをして欲しかったなり。

Pf Practice Roomに限らず、入口脇のセンサーが各教室の電灯をコントロールしているため、Pfの陰に隠れてあまり動かないでいると急に電灯が消えます。もちろんほとんどの部屋は窓がないため、本当に真っ暗闇になります。広い教室でこの状況に陥ると結構大変です。

この電灯をコントロールしているセンサーの所に立ち見の生徒がもたれかかった瞬間、満員の教室を真っ暗にしてしまう事があります。電気を消した本人は電気を消した原因が自分とは思っておらず、電気がつくまでいつも時間を要しています。このような時に限って人気のあるクラスやフォーラムで教室は立ち見が出るほど満員であったりします。真っ暗闇でみんな無言になるのはかなり不気味なり。




Piano Practice Roomって?

ジュリアードの建物の4階にピアノ練習室があります。この練習室は基本的に予約などと言うシステムはありません。空いていた部屋を見つけたものが練習する権利を得ます。生徒数に対する練習室は多いとは言えず、空き部屋を見つけるべく生徒達は4階5階とうろうろ徘徊します。

部屋によってピアノのコンディションが違う為、良いコンディションのピアノの部屋を取る為の競争は相当厳しいと言えます。生徒によってはグループを作って、良い部屋を常に確保する人達もいるとか。特に週末はジュリアード予備校と言われているPrecollegeの生徒達も参加しますので、部屋取りで徘徊する人達は必死になります。たった10秒の差で他人に部屋を取られるほど、いす取り合戦、もとい部屋取り合戦はし烈さを極めます。

運良く空き部屋をGetした人は、使っている人を明確にするためドアの小窓にジュリアードのID Cardを入れるのですが、そこにSocial Security Cardとか、ひどい人になると近所のChinese Restaurantのカードを入れて使っている人がいます。運悪くその小窓にID Cardを入れずにトイレに行ったり、ちょっと部屋を空けて戻ってみると、他の生徒が早速ピアノを弾いていたりします。

部屋を取る為には一般社会に存在する常識や節操、義理人情・浪花節などを持っていようならジュリアードの生存競争には勝てません。5分でも個人レッスン室に荷物を置いたまま部屋を空けようものなら、すぐに他の生徒が部屋を占領します。ピアノの上に置いてあった譜面やカバン、メトロノームなどを気にせずに部屋の隅に押しやられ、戻ってきた時には論争が始まります。
  A :「You bitch !」
  B :「Fuck you! Go to hell !」
今日もまたこの様な闘いが隣の部屋で・・・。(デフォルメしすぎました、反省)


そう言えば以前、電気の消えたPf 練習室を発見、ラッキーと思って入り電気をつけると女の子達が寝ていて驚ろきました。しかも普通に寝ていた訳ではなかった。朝からいちゃついていたと言うか・・・。その状況については書けません。思わず出た言葉が「ど・ど・どげんしたとね、な・なんばしよっとっと!」。思いっきり日本語やがな。

当然と言えば当然なのですが、YAMAHAとか日本製の pf は見かけません。ピアノは全てSteinway & Sonsで、Practice Roomには通常1台、大きな教室には2台のSteinwayが入っています。そう言えば日本製の pf はこの2年見ていないなぁ。と思いきや5階のMusic Technologyのスタジオの MIDIグランドピアノはヤマハ製か。

Pf のメンテナンスははっきり言って悪いです。確かにジュリアード音楽院に来る生徒は Pf を限界まで鳴らす練習が必要だけど、あそこまでぼろぼろにされてしまってせっかくのSteinwayも可哀相。良いピアノの部屋はいつも同じメンバーに独占されてたりもして、コンディションの悪いピアノの部屋がいつも空いています。

各練習室のピアノにはジュリアード特製のふたと言うか、木のカバーが譜面台の下についています。しかしそのカバーのせいで音の響きが少し違ってしまいます。本気で弾く時はそのカバーをこそっと取って弾いています。ピアノ椅子も普通の椅子と違って、頑丈な正方形の特製黒箱です。各椅子(黒箱)にはJuilliard Schoolと大きく書かれていますが、大変重い箱で盗める人はいません。盗む人がいるのかなぁ。

換気の悪さはぐんばつ、もとい抜群で、よく入った瞬間「うっ!」となる時があります。理由は食事を練習室で取る人が多く、ChineseやMexicanといった癖のある料理の臭いで練習どころではなくなる事にあります。しかしせっかく取った空き練習室、数分その部屋にいるとその臭いに馴れてしまい、次に部屋を出た瞬間に「こんなくさい部屋でよく居たなり〜」と再度感心してしまいます。

行き始めて一年半を越しますが、あの4階、3階はいつまでたっても迷宮のようです。毎回違う非常階段を使うせいか、窓がないから方向感覚がわからないのか、未だにどっちの方向がMetropolitan Opera Theaterかよく解っていません。3階のオケリハ室付近もようやく理解しましたが、初めての来た人は迷う事間違いないでしょう。

恐ろしい話も聞きます。昔、練習室のピアノの鍵盤と鍵盤の隙間にかみそりが隠されていたと言う話があったそうな(怪しい伝聞)。競争の激しいジュリアードだったら有り得る話かもしれないと、妙に納得してしまった。ある本曰く「ジュリアードの中は戦場である。その証拠に戦いに負けた者の血の色で床の絨毯は赤い。」




ジュリアード音楽院については「ジュリアードの青春」(Judith Kogan著、木村博江訳、新宿書房\2200)に詳しく述べられています。内容が若干古いですが、ジュリアードのイメージをつかむ上ではお勧めの本です。著者は、ジュリアードを18歳で卒業後、ハーバード大学で法律を専攻し、再度ジュリアードに入学、ハーピストとして活躍する傍ら弁護士をしていると言うタイソーな経歴の方です。ジュリアードを目指している人も、音楽好きでない人も、読み物としても充分楽しめる本になっています。ぜひぜひお勧めの一冊です。




全くの私見です。ジュリアード音楽院の内部に付いて徒然とよもやま話。


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